【パパ目線】心室中隔欠損症の手術から7ヶ月。娘が1歳になって思うこと。

【パパ目線】心室中隔欠損症の手術から7ヶ月。娘が1歳になって思うこと。

はじめに

珍しく自分の娘のことも書いておこうと思った。

というのも、自分の娘が生後4ヶ月で心室中隔欠損症と診断され気持ちが落ち着かなかったときに、
色んな方のブログを見てまわったんですが父親目線の記事がなかったので、
当時を時系列で羅列+自分の気持ちの部分を書くことで、どこかで同じ気持ちになってる父親の方に共有出来ればと思った次第。(解決策とかは書いてないです)

自分の性格も影響してますが、当時は結構心がダークサイドに落ちていったように思います。
(ドラマやノンフィクション系なんかで良く見る「なんでウチの子が…」というのをモロに体験したので。)

娘の現在

まず予め言っておくと、手術はあったけど今はすっかり元気。
まだ完治したとは言えないけども、急を要するような状態ではないし、このまま完治に向かうはず。

 

娘の誕生から病気判明まで

娘は現在1歳。
私達夫婦の第一子で、そりゃもう元気に生まれてくれたんですわ。

目に入れても痛くないってのはホントなんすねぇ。毎日毎日かわいくて仕方なかった。

慣れない子育てに夫婦で悪戦苦闘しました。
永遠に続くんじゃないかと思った夜もありました。
それでも時折笑ったり、仕草なんかがもうとにかく可愛い。
可愛い娘のためにと、なんとか頑張っていた昨年。

ー 予兆

1ヶ月検診のときに黄だんが取れないことは先生にも言われてたし、ちょっと体重の増加も遅かった。

でも特段検診で気にするほどでも無いと言われてたのでいつかいっぱいミルク飲むようになるだろうと思ってました。

でも2ヶ月、3ヶ月検診になっても体重があんまり増えない。
成長曲線の中にはあるけど、下のギリギリの方。身長は成長曲線の真ん中より上の方だったので、
身長の割に体重が少ない感じ。
外出先などで周りの赤ちゃんと見比べても明らかに細い。美意識高いなぁなんてギャグも言ってたけど、
まぁ先生にもなにか言われてるわけじゃないしなぁ、ということでそんなもんだろうくらいに考えてました。

ー 心雑音

で、4ヶ月検診の日。
自分はいつもとおり仕事してたんですが、珍しく嫁さんから電話。

「心臓に雑音があるから大きい病院で検査した方が良いらしい。」

電話口から聞こえる嫁さんの声がすごい不安がって、焦っているように感じたのは今も鮮明に覚えてます。

とりあえず検査してみないと、というのと、娘自体はいつもどおり元気でゴキゲンと聞いたので、
ひとまずその日は仕事を終えて帰宅し、嫁さんを落ち着かせつつ自分も落ち着く。

こういうとき仕事柄というかみんなそうだと思うんですが、とりあえずググる。
ひたすらググる。

ググった結果心配は尽きないんですが、分かったことは2つ。

・心雑音は赤ちゃんだと割とありえるし、問題ないことも多い。
・心室中隔欠損症の可能性がある。但しこれは現代ではほぼ治る病気。(要手術)

実際このことを周りの知り合いに言っても、「大丈夫だよ〜よくあるって」とみんな言ってました。
そういう風に言われると、結局他人事なんだよなと若干穿った感じで捉えてました。(ダークサイドポイント貯まる)
でも本当はみんな安心させるために言ってくれてるんですよね。冷静に考えたらそこで悪気あって言う人なんかまずいないと思うので。

 

ー 再検査の結果と診断

そんで後日メガ病院で検査。

診断結果を聞いたときは頭まっしろですよ。

先生にエコー図を見せられ、「ここに穴が空いてます。これは心室中隔欠損症という症状で、その影響で現在お子さんは心不全の状態です。」と。

心不全!?

心室中隔欠損症のことはネットで調べてたので、やっぱりかという思いと、マジか…という思いだったんですが、
心不全って死ぬやつじゃないの?と思ってたのでそこでびっくり。

その後先生に丁寧に説明して頂いて、要は心臓が正常に働いていない=心不全、ということらしい。
まぁ心臓病なわけですから、心不全ですわ。

娘の症状としては、1cmほどの穴が空いているらしい。
ネットで調べた感じだと大体2mm〜6mmと書いてあったので、1cmはかなり大きい方らしい。

当時の娘の体重は4ヶ月で5500gほど。(出生児3000g)

この体のサイズに対して穴は相当大きいらしく、体にかかる負担はかなりのものらしい。
先生曰く、正直普通に笑ってられるのが不思議なくらい深刻な状況とのことでした。
※検査後、先生と話してる間も娘は時折キャッキャ笑ってました。

心臓にかかる負担が大きいらしく、心臓が極端に肥大してしまっているとのこと。
通常のサイズの心臓と娘の心臓を比較したレントゲン図で見たら2倍くらいでかくなってました。

とにかく早急に手術が必要ということで、急ぎ手術日の調整が始まりました。

 

手術まで

主治医の先生曰く、
今は95%以上成功する手術でそれほど難しい手術でもない。
状態を見ても、今手術すれば運動制限や後遺症も考えづらい。
と言われ、とりあえずホッとしました。

親として子の将来を考えた時、自分が気になったのは2点。

・傷跡は残らないのか
・運動制限はないのか

でした。特に前者は女の子というのもあり、事前にもネットで結構調べてました。
後者に関してはほぼ大丈夫と言われました。いつかバスケやって欲しいなぁと思ってます。

それで前者に関しては、やっぱり傷は残るそうです。
それを聞いて傷跡を後から消す方法が無いのか聞こうと思ったところで先生が一言、

「傷跡は残るは残りますが、これを隠そうとするかはご両親の伝え方次第です。娘さんには、この傷跡は小さい頃に頑張った証なんだよと。何も恥ずかしがることはない立派な勲章なんだと、そう言ってあげるのが僕は良いと思ってます。」

(穿ってるので)先生からしたらテンプレートの回答なのかもしれませんがw、我々夫婦はこの言葉に本当に救われたと今でも思ってます。

将来もしかしたら娘に傷のことで恨まれるかもしれない。
でも、本当にその傷跡は頑張った証なんだよと、私は娘にいつか伝えたいと思いました。

 

ー ニュー娘に会いたい

手術をすれば今まであまり飲めなかったミルクもグビグビ飲むようになると言われ、
今まで色々気にしてきたことが全部この病気の影響だったんだと改めて思いました。

通常輸血の必要がない8000gほどまで体重増加を待ってから手術をすることが多いそうです。※幼い子への輸血はそれなりにリスクがあるらしい。

娘の場合は急を要するので、輸血もして手術する、ということになりました。

ある意味、手術をすることで娘がバッチリ元気になるならもう全てお願いしたいという気持ちでした。

 

ー 手術当日までの家での暮らし

手術までは大体3週間ほどで、今もその間のナーバスな気持ちを覚えてます。

とにかく全て気が気じゃない状態がずっと続く感じです。そわそわが消えない。
精神状態が不安定なのか、ほんとに周りの親子や赤ちゃんが羨ましく見えたし、自責の念も日々募るしで。
娘には生後5ヶ月で手術させてしまうことに謝罪の気持ちもいっぱいでした。

1日1日が長いような短いような。ぼや〜っとした日々でしたね。
それでも、
毎日娘は笑ってくれるんですよ。すごい大変なはずなのに。

毎日奥さんと話してました。これまでのことや、元気になったらこれしたいね、とか。
こっ恥ずかしい話ですが、夫婦の絆ってこういうことかぁと思ったりましたね。

不安だけど早くやって元気になって欲しいというなんとも言えない悶々とした日々。

 

ー 手術前日

手術前日に入院。娘は何も知らずに笑ってる。(当時の写真あるんですが、まぁ辛い。。)

前日に改めて手術内容の詳細を説明頂いて、同意書にサイン。
ペースメーカーの可能性を見たときは生唾ゴクリ。

ただもうお願いするしかなかったので、先生にお願いしますと言って前日終了。
娘は普段と違う寝床に少し嫌がってましたが、ひとまず就寝。

 

ー 手術当日

娘を手術室まで運ぶ。ここからは手術終わるまでもう会えない。
さっきまで腕の中で眠ってた娘を手術室でお医者さん方に手渡したとき、娘の目が覚めて泣くんですよ。
あれは今思い出しても号泣。

あとはもうひたすら待ち。
時間は3時間ほど予定でした。

やばかったのは予定の3時間を過ぎても呼ばれなかったとき。
手術を待つ家族を経験したことないので、呼ばれないのが割と普通なのか、実は結構ヤバイのかも全然分からず。。

とりあえず状況が知りたかったので受付に聞いてみたらまだ手術室から連絡来てないからもう少しお待ちください、とのこと。
そっからは持ち前の心配性をフルで発揮して心臓バクバク。
もはや状況うんぬんとかより、死んでるんじゃないかという不安に駆られまくる。

1分が長い長い。まぁ長い。

そして30分後、受付の方に手術室からICUに移動されたみたいなので移動してくださいと言われる。
とりあえず生きてたというだけでもう泣きそう。

で、ICUに移動したら家族面談室ということに通される。
「まもなく先生いらっしゃって手術の結果説明されると思いますのでお待ち下さいー」

割と軽いタッチで言われたんですが、不安度Maxですよ。手術の結果説明って。。

隣にいる奥さんの目がこれでもかってくらい泳いでましたね。まじ笑えなかったです。

そこからこれまた精神と時の部屋みたいな長さで約10分待ち、先生到着。
「手術は終わりまして、えー」

こっからまさかのみのもんたばりのタメが入ったんですよ。(実際は多分2秒くらいですよ。ただホントミリオネアかよっていうくらいのタメに感じました)

「結果は成功と言えます。これでもう大丈夫かと。」

この瞬間鼻水出ました。奥さんは嗚咽気味に泣いてました。私も泣きました。

とりあえず目の前のみのもんたに最大限のありがとうございます!をぶつけて、
さっそく面会出来るということで娘に会いに行きました。

 

ICUに入ると、そこには手術を終えたばかりで麻酔で眠っている娘の姿。
胸の真ん中には血で真っ赤になってテープみたいなのが貼られてました。

でもその時の感情はもうポジティブでした。これで娘は元気になる。
手術無事終わった。本当に良く頑張ったねってな感じでした。

 

ー 術後から退院まで

手術当日は娘との面会終了後、泥のように眠りました。
思ってた以上に精神的に疲れてたんだと思います。

娘はその後、ICU滞在が1週間の、病棟での入院が2週間の合計3週間の滞在でした。

ICUのときより病棟での付添の方が大変でした。ウチの場合は夜間はお預けをお願いしてました。
24時間つきっきりは今の奥さんにも自分にも無理だと思ったからです。
これは今でも英断だと思ってます。

ICUにいるときはどうしても心配でしたが、病棟に移ってからの後半1週間は日に日に元気になっていくのが分かって嬉しくてしょうがなかったです。
ミルクも飲むしで、入院中はミルクの量がきっちり管理されてたけど、結構体重増えた記憶があります。

それで無事退院。
後日、抜糸が残ってましたが、ほぼいつもとおりの生活にすぐ戻りました。

 

ー 完治まで

まだ娘は完治してません。今年の後半に心臓カテーテル検査があります。
それで問題なければ完治、という感じです。
経過は思ったより良好ではないです。もう閉じててもおかしくないのですが、まだ若干閉じてないらしい。

ただもう手術が必要な状態ではないので、完治するよう祈りつつ時間が解決してくれると信じてます。

 

 

おわりに

検査段階、手術や術後も含めて思ったのは、辛い気持ちや安堵の気持ちは自分たち夫婦以外には理解は出来ても共有は出来ない。
少なくとも似たような経験をしてないと分からないと思います。

普段だったら分かって欲しいなんで一切思わないですが、弱ってるからなのか、多分同情して欲しい気持ちになってたんだと思います。分かって欲しいわけでもないんですが、あんまり無責任なこと言わないで欲しいなとも思いました。今考えればホントダークサイド。

ただ、自分の経験から他人に同じことを言われた場合に今後自分なら

「それは本当に心配だよね。何事もないことを祈ってる。何か困ったことがあったらいつでも言ってね。」

このくらいの距離感が一番良いんだと思いました。
変に気持ち分かるとか、調べたけど治る病気らしいね、とかそういう一言一言に内心では過敏に反応してたように思います。

まぁみなさん善意でおっしゃって頂いてるんですよ。今ならわかりますが、
やっぱり我が子のことになると、冷静でいられなくなるのが親ってことなんですかね。

 

こんな感じで締めます。

 

 

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